マスク

「おい、若島津。」
次は調理実習の授業。はっきり言って若島津は技術系の科目は苦手だ。
一見器用そうに見える若島津が実は右に出る者もいないくらい不器用なのは東邦の人間ならば知らないものはいないくらいだ。教師までも『まあ若島津なら仕方ないか』で済ましてしまうんだからすごいもんだ。

その苦手な授業に向かって移動中の若島津はちょっとばかり機嫌が悪い。
長い髪をゴムで無造作にまとめ、学校指定の白いエプロン、そして白いマスクをしていた。
その姿を見つけた日向がトイレの手前で腕を組みながら呼んでいる。

次の授業が気にはなりつつも日向の側に近寄るとトイレへと連れ込まれた。
「そんな格好してして廊下歩くなよな。」
「しゃあねえだろ?次は調理実習なんだから。」
文句あんのかよ、と言わんばかりに睨みつける。
「そんなかわいい格好は誰にも見せたくないっての!」
そう言っていきなりキスをする。マスク越しのキス。
「・・・・」
「なんだよ?」
「マスク越しなのになんで口の場所わかんの?」
「バカ。俺は目ぇ瞑っててもお前の口どころかイイトコロ全部わかるぞ。」
「・・・・・・・もういい」
日向の言葉に真っ赤になってしまう。真昼間の学校でなんとふしだらな事を言うのやら。
次の授業で不機嫌になっていた心も軽くなる。
「でも、どうせキスすんならさ、マスク越しなんかじゃなくて、直接触れたいよ。」
マスクを素早く外すと深く口付けをする。驚いた日向の表情が満足したものに変化する。

遠くで授業開始のチャイムが鳴った。

「このまま、本番やっちまうか。」
「ジョーダン。エプロンに欲情しちまったわけ?」
「どっちかってーと、このうなじかな?」
そう言って、ペロリと背後から首筋を舐め上げる。
「良かった、日向がコスプレ好きじゃなくて。でも、本番はまた今度な。実は俺、調理実習苦手だけど嫌いじゃないんだ。」
そう言うと、あっというまに走り去ってしまった。

ひとり残された日向も教室へと向かう。
そっと唇に手を当て、さっきのキスを思い出した。
マスク越しのキスもじれったくて相手をその気にさせるにはいいかもな。